競技かるたにおける取り動作のスポーツ性に関する検討

最終更新日:2016/6/18
執筆者:華郷(@ka_kyo)

1.はじめに
 「畳の上の格闘技」と呼ばれるのは柔道であるが、競技かるたにおいてもしばしばそう呼ばれることがある。この事からも言えるように競技者の間ではスポーツであるという認識もある。昨今、漫画「ちはやふる」1)のヒットもあり一般の間にもスポーツ性の認知が進んでいる。一方で競技かるたをスポーツとして捉えて検討された例は少ない。
 本稿では特に“取り動作の制御”について分析し、各ステップに分類を試みる。その上で速度との関係性のある点に着目し、競技かるたへの適用を試みる。

2.スポーツとしてとらえるかるた
 スポーツは大きな枠組みで見ると、身体を動かして行う「フィジカルスポーツ」と、身体は動かさず思考により行う「マインドスポーツ」に分類され、一般的にスポーツとはフィジカルスポーツを指す。
 競技かるたにおいては「音を認識する」、「認識した音と暗記を照合し動作を確定する」、「実際に動作し札を払う」の3つのステップに分類される。これらの“札を取る”と言う動作は瞬時的に知覚と運動を行う。これはフィジカルスポーツとしての要素である。
 一方で暗記の整理方法、暗記の速度、送り札の選定といった面はフィジカルスポーツの要素は小さく、将棋やチェスと言ったマインドスポーツの要素が大きい。
 本稿においてはフィジカルスポーツとマインドスポーツの両方の側面を持った競技かるたをフィジカルスポーツにおける運動の発現といった部分に注目してとらえていく。

3.取り動作の制御におけるスポーツ性
 競技かるたにおいて最もスポーツ性の高いといえるのは“札を取る”と言う行為だろう。“札を取る”と言う行為で行われるプロセスをいくつかのステップに分類したものを図1および図2に示す。一般的に札を取る行為は【音の入力】に対して【動作の出力】が行われることで成される。この中ではいくつかのステップにより情報を知覚、処理、出力することで動作が発現する。大きくは2章においても示したとおり、「音を認識する」、「認識した音と暗記を照合し動作を確定する」、「実際に動作し札を払う」の3つのステップに分類される。この3つの動作を以下に速く完了するかが取りにおける重要なポイントとなる。
 この3つのステップに必要とされるスキルは『知覚スキル』と『運動スキル』に分類される。知覚スキルは『複数の選択肢の中から取るべき行動を絞る認知的作業2)p.11』であり、「音を認識する」、「認識した音と暗記を照合し、動作を確定する」の2つのステップに必要とされるスキルとなる。運動スキルは『目標とする結果に対して運動の動作や力の発揮と言った身体的要素(中略)必要とされる専門的な運動のすべて2)p.11』であり、「実際に動作し札を払う」ステップに必要とされるスキルである。
 3つに分けたものをさらに計5つのステップに分類してみよう。[音を認識する]ステップは【音の入力】と【音の特定】に分類できる。【音の入力】は「音が耳に入って聞こえる」という段階であり、【音の特定】は「聞こえた音が○である」と特定する段階である。この特定する速度がいわゆる感じに該当すると考えられる。[認識した音と暗記を照合し、動作を確定する]ステップは【札の位置の特定】と【取りの動作の選択】に分類される。【札の位置の特定】は「暗記から札の有無や位置を特定する」段階である。【取りの動作の選択】は「数ある動作から特定の動作を選択する」段階である。[実際に動作し札を払う]ステップは【動作の出力】であり、「筋肉に動きを伝達して動作を発現する」段階である。
 “札を取る”行為はこれらの複数のスキルを連続的に行うスキルを系統スキルと呼ぶ。系統スキルは各段階で要求される分離スキルの組み合わせである。個々の分離スキルの実行速度だけでなく系統スキルとして連続実行したときの速度も重要である。

図1 払い動作における入力と出力


図2 払い動作における段階分けによる分類

4.速さとの関係性がある要素
 速く取りたいと言うのは誰しもが思うことであるが、速さとの関係性があるものについて2つの着眼点から紹介する。1つ目は「反応速度と選択肢の数」、2つ目は「速さと正確性」である。

4.1.反応速度と選択肢の数
 『複数の選択肢の中から取るべき1つの行動を選択し実行することを求められる2)p.16』選択反応課題がある。競技かるたにおいてはそのほとんどが選択反応課題である。最も重要と考えられる選択反応課題は出札の同定の場面である。多数の音の中から1音を同定する選択、多数の予定した動作の中から1つの動作を選択、などがあげられる。この選択の際の速度は“取り”において重要な要素となる。
 選択反応課題においては「選択肢の数が多くなればなるほど、反応時間は遅くなる。この現象はヒックの法則2)p.16」と呼ばれる。(図3)つまり、同時に多数の札を聞き分けようとすると反応時間は長くなるということを示している。一方である1枚の札を狙って取る場合は短くなることを示している。“た札”の聞き分けにおいて図4に4枚の札(たち・たご・たま・たれ)を同時に聞き分けた場合と2枚(たち・たご)において聞き分けた後、残りの2枚(たま・たれ)を判断した場合の差を示す。下に行くほど時間経過していることを表している。同時に多くの札を判断するよりも少ない札を判断してその後に残りの札の判断することで狙いに差異が付き、札により反応速度の長短が発生することを示している。

図3 ヒックの法則4)p.20より引用した2)p16を引用し作成


図4 聞き分け方における反応速度の差のた札の例

4.2.速さと正確性の関係
 『動作の速さと正確性の両方が求められるスキルが多々ある。(中略)正確性が要求されると速度が要求されると正確性が損なわれることを速度の正確性のトレードオフと言う。(中略)フィッツの法則とも呼ばれる。2)p.13』  フィッツの法則は $T=a+b\log_{2} (1+D/W)$ であらわされる。3)
 Tは動作完了の時間であり、Dは距離、Wは誤差と考えることが出来る。例えば距離Dを一定のまま誤差Wと時間Tを変化させたグラフが図5に示される。誤差Wが大きくなれば正確性は損なわれると言え、Tが小さくなれば速度が速くなるといえる。この関係から速度と正確性のトレードオフが表される。

図5 フィッツの法則

 競技かるたにおいてこの関係は2つ事象で発生していると言える。1つ目は【音の特定】の部分で必要とされる「出札の特定スピードと正確性」である。出札を速く特定しようとすると誤りの確率が増加し、お手つきの発生頻度が多くなる。一方で確実に特定しようとすると遅くなってしまうと言うトレードオフが発生する。2つ目は【動作の出力】の部分で必要とされる「払いの正確性と速度」である。出札を直で払おうとすると速度が低下してしまう。速度を上げようとすると位置精度が低下し札押しになったり払い残しが発生したりする。競技者はこのトレードオフの中、練習により速度を保ったまま正確性を上げるスキルや、正確性を保ったまま速度を上げるスキルを習得するのである。

5.まとめ
 本稿ではスポーツと言う観点からかるたを捉え、取りのステップ分類を行った。ステップの分け方は人により差異はあり、異論あるところかと思われるが、ひとつの考え方と思ってもらえるとありがたい。
 また、速さと選択肢の数、正確性についての関連について競技かるたスキルにおける関係性について検討を行った。競技かるたにおいても、聞き分け数の多さと速度や判断速度と正確性、払い速度と正確性について適用の妥当性の検証は必要であるが、ひとつの指標として利用することは可能であると考えられる。

参考文献
1)公式サイト「ちはやふる」末次由紀|BE・LOVE|講談社コミックプラス http://be-love.jp/chihaya アクセス日:2016/6/18
2)伊達萬里子、他「新・スポーツ心理学 やさしいスチューデントトレーナーシリーズ2」嵯峨野書院、2015
3)Wikipedia フィッツの法則 (https://ja.wikipedia.org/wiki/フィッツの法則) アクセス日:2015/11/09
4)Schmidt,T.A., 調枝孝治監訳『運動学習とパフォーマンス:理論から実践へ』大修館書店、1994年

初稿:2016/6/18